遺産分割協議前に預貯金の払戻を受けるには
遺産分割前における預貯金の払戻制度
相続が開始された場合、被相続人(亡くなられた方)名義の口座から払戻を受けるには、原則として相続人全員による遺産分割協議が必要になります。すぐに分割協議が整い協議書が作成できればよいのですが、諸々の事情で時間がかかってしまうこともあり、葬儀費用や被相続人に扶養されていた(例えば妻子)の当面の生活費に困窮してしまうケースも考えられます。
このような場合に対応するため、「遺産分割前における預貯金の払戻」という制度があります。この制度を利用することで、遺産分割が終了する前であっても、家庭裁判所の審判を得ることなく単独で金融機関から払戻を受けることができます。
制度の根拠となる法律は以下となりますが、例の通り法律の条文は今ひとつ分かり難いので具体的に説明します。
第九百九条の二 各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始の時の債権額の三分の一に第九百条及び第九百一条の規定により算定した当該共同相続人の相続分を乗じた額(標準的な当面の必要生計費、平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案して預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額を限度とする。)については、単独でその権利を行使することができる。この場合において、当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす。
民法909条の2(遺産の分割前における預貯金債権の行使)
払戻を受ける金額には上限がある
相続開始の時の債権額の三分の一に第九百条及び第九百一条の規定により算定した当該共同相続人の相続分を乗じた額(・・・法務省令で定める額を限度とする。)
この制度を利用して各相続人が単独で払戻を受ける場合、預金の口座ごとに、被相続人の死亡日時点の預金額の3分の1✕払戻を受ける相続人の法定相続分という計算式で求めた金額までとなり、更に、同一金融機関に対して150万円(法務省令)が上限となります。
例えば、以下のようなケースの場合
(1)相続人は妻と長男、次男の3人
(2)A銀行に普通預金300万円、定期預金に900万円
(3)B銀行に普通預金300万円
(4)今回、妻が単独で払戻を受ける
A銀行からの払戻上限額:150万円
A銀行 普通預金 払戻上限額:50万円
・300万円の3分の1=100万円
・100万円に対する妻の法定相続割合2分の1である50万円
A銀行 定期預金 払戻上限額:150万円
・900万円の3分の1=300万円
・300万円に対する妻の法定相続割合2分の1である150万円
A銀行合計=50万円+150万円=200万円
となりますが、150万円を超えているため、A銀行から実際に払戻を受けることのできる金額は150万円ということになります。
B銀行からの払戻上限額:50万円
・300万円の3分の1=100万円
・100万円に対する妻の法定相続割合2分の1である50万円
上限である150万円以内なので、B銀行からは50万円の払戻を受けることができます。
結果、この例で妻が払戻を受けることのできる預金の合計は
A銀行150万円+B銀行50万円=200万円ということになります。
尚、A銀行からの払戻を受けるに際して、普通預金と定期預金のそれぞれからいくら引き出すかは、それぞれの上限額内で妻の判断に委ねられます。普通預金はそのままにして定期預金から150万円の払戻を受けても良いし、普通預金から50万円、定期預金から100万円でもよいです。
また、法律上払戻の回数については規定されていないので、A銀行150万円、B銀行50万円のそれぞれの上限に達するまで、回数の制限なく何度でも払戻の請求はできます。
払戻を受けた金額は遺産分割の際差し引かれる
当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす。
遺産分割協議が整う前に、同制度により単独で預金の一部を引き出した場合、後の遺産分割で決まった自分の取り分から既払い分として差し引かれることになります。
上記のケースで、預金総額を妻が2分の1、長男と次男がそれぞれ4分の1ずつ相続することになった場合、被相続人の死亡時点では1,500万円あった預金の内、妻が「遺産分割前における預貯金の払戻」により既に200万円の払戻を受けているため、実際には1,300万円しかありません。
その際の各相続人が受け取る具体的な金額は、妻が550万円(1,500万円の2分の1である750万円ー既に払戻払を受けた200万円=5550万円)、長男と次男がそれぞれ375万円((1,500万円の4分の1)ずつとなります。現時点で残されている預金額1,300万円の2分の1である650万円を妻が受けとるのではありません。妻は、「死亡時点の預金総額1,500万円の2分の1である750万円の内、200万円は既に受け取ってますよね」ということです。
払戻を受ける際に必要な書類
この制度(民法909条の2)を利用する際に必要となる書類について、法律には明記されていないので、各金融機関の判断ということになりますが、同条には払戻を認める範囲が示されているので、最低限相続人の範囲を確定する書類(被相続人の出生から死亡までの連続した戸籍謄本または認証文付き法定相続情報一覧図の写し)は必要となるでしょう。
実務上、金融機関毎に多少の違いはあるものの、上記に加え、相続人全員の戸籍謄本、払戻を請求する方の印鑑証明などが必要になりますので、事前に各金融機関へ問い合わせてください。