遺産分割前に貸金庫にある現金の一部を持ち出すことはできるのか?

そもそも預金ではなく現金そのものを貸金庫に入れておくという人がどれほどいるのか甚だ疑問ですが、実際にあった例として100万円近くの外国紙幣が保管されていたという話を聞いたことがあります。

また、世の中には現物しか信用できないという人もいて、たとえ銀行に預けるにしても預金という債権ではなく、あくまで現物を保管してもらいたいと考えている人や、入手金の記録を残したくない(ちょっとブラック的な匂いもしますが…)という理由から現金で保管しているというケースも考えられます。

いずれにしても、貸金庫にまとまった現金が保管されていることが判明した場合に、当面の生活費に使うために一部を持ち出すことはできるのか?という問題です。

現金は不動産や他の動産と同様に「有体物」として遺産分割の対象となります。その結果、遺産分割前に相続分に応じて分割承継されるのではないため、たとえ自己の法定相続分相当の額であっても他の共同相続人の同意がなければ認められないでしょう。

因みに、貸金庫ではなく自宅の金庫に現金を保管していた場合で、自宅で同居していた長男に対して、他の兄弟が自己の法定相続分に応じた額を引き渡すよう請求することもできないといった判例もあります。

「他の共同相続人が現金を保管している共同相続人に対して、共同相続人は、遺産分割までの間は、相続開始時に存した金銭を相続財産として保管している他の相続人対して自己の相続分に相当する金銭の支払を求めることはできない」

最判平成4.4.10

そもそも、銀行の貸金庫の場合、たとえ現金でなくとも一部の相続人が単独で内容物を持ち出すことはできず他の共同相続人の同意を必ず求められます。

さらに言えば、銀行の貸金庫では内容物を持ち出す以前に、一部の相続人からの申し出では開扉そのものに応じてくれないことが多く、この時点(金庫の開扉時)で相続人全員の立会や同意書などを求められるでしょう。

遠方に居住する相続人がいたり、折り合いの悪い相続人がいて協力が得難い場合などは、貸金庫の内容物を確認すること自体に相当の手間がかることになります。

遺言書を作成した場合、貸金庫に保存することを勧める情報を見聞きすることがありますが、私としては遺言書の保管場所として銀行の貸金庫は絶対に避けたほうが良いと考えています。遺言書の安全な保管場所としては、公正証書として作成し公証役場で保管するか、自筆証書遺言書の場合であれば法務局の自筆証書遺言書保管制度を利用すべきでしょう。

貸金庫を開扉するのに遺言書が必要になる場合があるのに、その遺言書が貸金庫の中では先に進めません…