予備的遺言とは?
通常遺言書は、自分の死後に生存者を対象として「こうしたい」という希望を記すものです。
しかし、人間の死に順番はありませんので、遺言書のなかで指定した人が自分よりも先に死亡してしまうという想定外のことも起こります。
予備的遺言とは、このような想定外の事態にどうするかということを、明確に決めておくことを言います。『補充遺言』という言い方をされることもありますが同じ意味です。
なんとなくご理解いただけると思うのですが、以下にもう少し具体的に説明してみましょう。
次のような状況を想定します
父A、妻B、長男C(妻・子あり)、長女D(独身)という家族構成で、相続財産は、自宅不動産、貯金1,000万円という状況で、父Aが遺言書を作成することになりました。
父Aとしては、自分の死後住む家に困らないよう自宅不動産は妻に残し、預金については子供たちで案分してほしいと考え、次のような遺言書を作成しました。
第1条 遺言者は、自宅不動産は妻Bに相続させる。
第2条 遺言者は、預金について、長男Cに2分の1、長女Dに2分の1の割合で相続させる。
遺言書を作成するにあたって、父Aはこんな想いを持っていました。
「妻名義の預金も多少あるし遺族年金も入るので、住む家さえあれば妻は困らないだろうが、長男はこれから子供の学費も掛かって大変だろうから長男のためというより孫のために預金の半分は残してやりたい、長女は役者なるという夢を追って未だに独身でいるので将来のためにも預金の半分は残してやりたい。」
遺言書を作成して3年が経った時に、不慮の事故で長男Cが死亡してしまいました。
その2年後、父Aが亡くなり相続が開始されました。
さて、どのような相続がなされるのでしょう
このような状況で相続が開始された場合、遺言書に沿って妻Bは自宅不動産を相続し、長女Dは預金1,000万円の2分の1である500万円を相続します。
では、長男が相続すべきであった500万円はどうなるかというと、妻B、長女D、長男Cの子供(E)の3者で遺産分割協議を行い、誰がいくら相続するかを話し合いその結果を遺産分割協議書という書類に残すことになります。
ここで、妻も長女も「私たちはもう遺産を受け取っているので500万円はEが相続しなさい」といことになれば、遺言者である父Aの当初の希望通りで問題は無いのですが、「法定相続割合に従って分割しましょう」ということになると、妻が250万円、長女Dが125万円、長男の子であるEが125万円ということになってしまいます。
相続が開始された時点で、遺言書に書かれているCが存在しないため、遺言書の中のCに関する部分は無効となり、受遺者に代襲相続は適用されないというのが最高裁判所の判断(最三小判平成23年2月22)です。
父Aの気持ちとしては、預金の半分を長男Cに相続させるとした意図は孫である長男Cの子Eのためというのが本音でしたが、最終的にEには125万円しか残せなかったことになります。
どのような遺言書にすればよかったのか
予備的遺言をしておけばこのような状態を回避することができました。具体的には当初の遺言書に条項を一つ加えて以下のようにします。(この第3条が『予備的遺言』ですね)
第1条 遺言者は、自宅不動産は妻Bに相続させる。
第2条 遺言者は、預金について、長男Cに2分の1、長女Dに2分の1の割合で相続させる。
第3条 遺言者の前または同時に長男Cが死亡したときには、長男の子Eに前条記載の預金2分の1を相続させる。
尚、妻Bが先に死亡した場合や長女Cが先に死亡した場合など、考え得る”予備”を追加することも可能です。
予備的遺言は必ず付けた方が良いのか
ここまでの説明をお読みいただいた方の中には「予備的遺言は必ず書いておいた方が良いんだな」とお考えの方もいらっしゃるかもしれませんが、必ずしもそうとは言えません。
今回想定したシチュエーションで、父Aよりも先に妻Bが亡くなってしまった場合に備えて「自宅不動産は長男と長女に2分の1づつの共有持ち分として相続させる」と予備的遺言を書くことも可能ですが、後々の手続きを考えると不動産を共有名義にするのは出来るだけ避けた方が良いです。
既に妻も子もいる長男と独身の長女が同居するというのも難しいでしょうから、現実的にはどちらか一方が住んで、かわりに幾らかの現金をもう一方に渡す(といいます)か、売却して現金化した後に二人で分ける。ということになるかと思われます。
こうなると、結局長男と長女で話し合い遺産分割協議書を作成することになるので、遺言書に予備的遺言をつけていたとしても、あまり意味はありません。
むしろ、『付言』として以下のような”想い”を書いておいた方がスムーズな相続が行われるのではないでしょうか。
付言
「私より先に母が亡くなっていた場合、自宅の処分は□□(長男)と○○(長女)でよく話し合って決めなさい。その際はお互いに相手を思いやって話し合ってください。兄妹がいつまでも仲良く過ごしてくれるのが私の最後のお願いです。」
※付言というのは、法的効果のない遺言者の”想い”なので何を書いてもかまいません。
念のためのご注意
今回は『予備的遺言』を出来るだけかみ砕いて説明するため、例示した遺言書条文の文言は端折ってますので本来であればもう少し具体的に書かなければダメですのでご注意ください。