「相続放棄」と「相続分の放棄」
ひとによって事情は様々ですが、法律上相続人の地位(法定相続人)にありながら、相続手続きには一切関わりたくない。遺産もいらないし、他の相続人と顔を合わせるのも嫌なので、相続は放棄したいというケースもあります。
「相続放棄」と「相続分の放棄」ちょっと聞いただけや、さらっと字面を眺めただけでは違いがあるようには思えないという方も多いと思いますが、この2つは全く違います。相続手続きにおいて、この2つの違いを正しく理解しておかないと大変なことになる可能性があるので注意が必要です。
どちらも、本来は受け取るはずであった故人の遺産を「私はいりません」と、”相続”を”放棄”することで、この点においてはどちらも違いはありません。表面上最も異なるのは、「相続放棄」は決められた期限内に裁判所へ申し立てなければなりませんが、「相続分の放棄」はとくに期限もなく裁判所への手続きも必要ありません。
このような違いがあるためよくあるケースとして、他の相続人の代表者等から「相続分放棄証書」などといったタイトルの書面に署名捺印をするよう依頼されます。「相続分の放棄」であれば特に期限もなく裁判所への手続きも必要ないと言いましたが、実際に他の相続人が預貯金を引き出したり、不動産の登記をするために必要になるためです。書面の内容は「被相続人◯◯◯◯の相続につき、その保有する相続分の全部を放棄いたします」等といった簡単なもので、ここにあなたの署名押印を求められます。
こうした書面に署名捺印したことで、「これで今回の相続と自分は無関係で一切の手続きや責任から開放された」と思ってしまうかもしれませんが、それは大きな勘違いで、あなたが相続人という地位にあるということに変わりはありません。
相続はプラスの遺産だけでなく借金やローンと言った負債も引き継ぐことになりますので、仮に被相続人に1,000万円の借金があって、他の相続人がこの支払をしなかった、もしくは支払えなかった場合、あなたが支払う(請求される)ことになってしまいます。(※あなたの法定相続割合の範囲内で)
相続分の全部を放棄したのだから、負債(借金)も放棄したことになるだろうと考えてしまいますが、あなたが署名押印した書類はあなたの一方的な意思表示過ぎません。仮にあなたがだれかにお金を貸していた場合、相手が「わたしはその借金を放棄します」と一方的にいったところで納得はできませんよね。それと同じことで、負債(借金)を請求する立場からすれば、実際に返済がなければ、法的に相続人の地位にあるあなたに請求するのは当然の成り行きということです。
先に、相続放棄と相続分の放棄との表面的な違いについて説明しましたが、実質的に大きく異なる点はここにあります。
つまり、「相続放棄」は相続人という地位そのものを放棄することで、はじめから相続人ではなかったことになりますが、「相続分の放棄」というのは、相続人という地位はそのまま、あくまで遺産の承継はしませんという意思表示にとどまります。
もし仮に「相続分の放棄」の際に「負債は全て他の相続人が支払います」といった趣旨のことが書かれていたとしても、それはあなたと他の相続人の間の問題であって、被相続人の負債を請求する権利を持つ者(債権者)にとっては関係のないことですから「私(債権者)にはあなたが支払ってください、その後であなたが他の相続人から返済を受けるなり好きにしてください」ということです。
被相続人に多額の負債があることがわかっていれば慎重になりますが、「自宅の名義を変えるのに必要な書類だから」等と言われると、あまり深く考えず安易に相続分の放棄や譲渡の意思表示をする書面に署名捺印してしまうというケースがありますので、十分注意しましょう。